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雲をつかんで、微粒子の変化を調べる

富士山頂から徒歩観測し、時間的・空間的に起こる自然現象の理解に結びつける


上田紗也子(東京理科大学)

夏季日中の富士山頂は、雲よりも上であることが多く、下方を眺めると雲海が広がることが多い。その雲海はしばしば富士山斜面にかかっており、山道を下っていくと、たちまち霧に覆われ視界は奪われる。山頂から見下ろす雲海はまさに絶景であるが、筆者の研究にとっては、雲の中に入れる環境こそが何より期待する状況であり、最もわくわくする瞬間でもある。

筆者の所属する研究グループでは、2005年度から富士山麓の太郎坊、2006年度から富士山頂において、大気エアロゾル粒子に関する観測を行ってきた。大気エアロゾル粒子とは、大気中に浮遊する液体や固体の微粒子である。例えば、車から排出される黒煙粒子や、大陸由来の黄砂、波しぶきで大気に飛散する海塩などもその一種である。大気中には多様なサイズ・種類を持つエアロゾル粒子が様々な濃度で存在しており、その性状や動態の把握に関する研究は、健康影響や大気汚染に加え、日射の散乱・吸収や雲形成を通じた地球環境・気候への影響といった観点で行われている。

当研究グループでは、富士山を観測拠点とし、エアロゾル粒子の生成・変質過程や輸送、雲との相互関係に関する研究を行ってきた。富士山頂は、高い孤立峰でかつローカルな汚染の影響を受けにくい点で、バックグラウンド大気や長距離輸送気塊に関する観測や、大気の鉛直構造に関する研究に適した場所である。富士山頂から麓の太郎坊(標高1300b)まで、いくらかの測器を担いで3〜5時間程度で下山が可能であり、簡易な測定であれば徒歩での観測を実施することもできる。2011年度、2012年度は、富士山頂と麓での定点集中観測に伴い、雲の形成を通じたエアロゾル粒子の変質過程についてより直接的な調査を行うため、山頂からの下山の際に徒歩観測を実施した。

筆者らは、雲過程前後の気塊を捉えるため、ポータブルのエアロゾル粒子濃度測定器とサンプラーをリュックに詰めて、富士山登山道沿いでの観測を行った。富士山下山道・御殿場ルートにおいて、雲の上部、中、下部に位置するポイントに20分程度留まりながら測定と試料採取を行い、山頂から御殿場新五合目、または太郎坊まで下った。このような観測を、昨年は4回、今年は5回実施した。そのうちの1回は、雷鳴により途中で断念したが、残りの8回は雲の内外で鉛直方向に複数地点での観測を行うことができた。試料中の粒子の組成分析からは、多くの粒子が変質した海塩粒子であることがわかり、高度別での組成比較から、海塩粒子の変質状況が雲の上下で異なることを示す結果を得られた。

大気の鉛直観測といえば、航空機などによる大規模観測での報告が多い。一方、富士山では、測器や時間的・空間的な制限があるものの、徒歩による安価で小規模な人員体制(最少2名)の、フレキシブルといえる鉛直観測が可能であった。まだ研究駆け出し段階の筆者にとっては、まさに“雲をつかむような話”であった雲の鉛直観測を富士山での徒歩観測により実現することができた。もちろん、このような体を張った研究成果は、数例の事例解析に過ぎないが、富士山の場合、山頂や麓で得られる連続的な観測データとの付け合わせも可能である。こうして得られる富士山での成果を、時間的・空間的に起こる自然現象の理解に確実に結び付けられるよう、今後も研究に励みたい。



七合八勺避難小屋(標高3240b)前で雲粒、雲内エアロゾルの採取をする筆者ら(2012.7.21撮影)


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